2019年末、まだ感染騒ぎが起こる前の話だが、法事で5年ぶりに帰郷した。
珍しく親戚も集まるというので記念写真でも撮ろうと思いM6を鞄に詰めて新幹線に乗り込んだ。在来線を乗り継いで故郷に到着したのは夜半過ぎ。人は誰もおらず閑散としたホームに降り立った時、凛とした冷たい空気が都会生活に慣れた私に冬の厳しさを懐かしさとともに伝えた。帰ってきたのだ。
翌朝早くに起きて従兄弟と実家周辺などを散歩した。ライカで写真を撮っていると従兄弟がそれに興味を持った。私もフィルムカメラの、特にライカの魅力を伝えることはまんざらでもない。それに彼が小さい頃から兄がわりに面倒をみていたので、好奇心旺盛な性格はよく分かっている。
法事も無事に終わり、滞在最終日に従兄弟と少し外出して近所のカフェのオープンテラス席でビールを飲んだ。たわいもない会話で盛り上がる。
その日は初冬にしては暖かく穏やかな天気で、田舎特有の澄み渡る青い空が広がっていた。そんな景色を眺めているとなんだかふっと力が抜ける気がした。
「よかったら使いなよ」。ライカM6を彼に渡す。彼には5歳になる娘がいる。私よりも沢山の思い出を作ることができるだろう。
それ以来、35mmを使わずもっぱら中判カメラで室内や家の周りなどを撮っていた。 中判フィルムは本当に素晴らしい。広いダイナミックレンジと優雅な解像力。
しかしやはりその機材の重さが ”気楽に” という言葉を蝕んでおり、田中長徳先生だか、木村伊兵衛先生だったか忘れたが、中判、大判カメラをかついでいる同業者に「そんな重たい機材を日々運んでいると早晩身体を壊しますよ」と声をかけ、自身はライカで悠々とストリートフォトをこなしていたというが、まあ、分かる気がする。
先日久しぶりに妻と近場のフラワーパークへ外出した時も、中判カメラは自宅に置いてスマホで撮影する始末。歳か、な。 外出時はこのままスマホやミラーレスでいいかとも思ったが、冷蔵庫に眠っている135フィルムを見るたびにうずく写欲。
再びライカの購入も考えたが、この時世、資金的に苦しい。例のごとくポチポチと写真サイトを覗いて興味を持ったのがオリンパスのカメラとレンズだった。調べてみると、なかなか面白そうだ。
実は私はオリンパスのカメラやレンズを使ったことがない。先日撤退の発表を知った時も、時代の流れを傍観するがごとく無関心であった。食わず嫌いは良くない。 それで近所のカメラ屋へ行くと中古がたくさん置いてあった。そして、信じられないくらい安い。
OM-1 と OM-2N を触って、シャッターフィーリングと音で、OM-2N を Zuiko 50mm F1.4 のレンズ付きで購入した。横浜ベイホテル東急の少し良い部屋に泊まるくらいの値段だった。
早速フィルムをローディングして撮影する。レフ式にしてはシャッター音、ショックともに大変小さい。ファインダー倍率は 97% で、50mm レンズを付ければほぼ等倍、両目を開けて撮影できる。ライカM3のファインダー並である。シャッターが電子式のためいつかは動かなくなるだろう。その時はその時に考えればよい。
そしてレンズ。この 50mm F1.4 は現代設計のレンズに慣れていると眠たい絵になるのかもしれないが、フィルム特有の優しさと相まって大変好感が持てる描写である。
確かにこの時代のレンズには個性があるような気がする。
その後、やはり予想通り、Zuiko のレンズにハマってしまい早々に Zuiko 35mm F2 を手に入れた。OMに装着したスタイルがいかにもカメラ的でヴィジュアル的に大変好みである。
このレンズは近接で樽型の歪曲収差が目立つが、なぜか好ましい絵を吐き出す。やはり描写が優しい。そして独特の湿度がある。これで路地裏を撮影したら最高だろう。また作例が増えたらレビューしたい。
そんな感じで Back to the 35mm。面白い。