ライカM6との別れ
まだ感染騒ぎが起こる前の2019年末、5年ぶりに帰郷することになった。
法事には珍しく、その日は親戚も全員集まるというので記念写真でも撮ろうとM6を鞄に詰めて朝早くに東京駅から新幹線に乗り込んだ。
在来線を乗り継いで故郷に到着したのは夜半過ぎ。ローカル線のディーゼル汽車の扉が開き誰もいない閑散とした駅のホームに降り立った時、凛とした懐かしくも冷たい空気が頬に触れ、都会生活に慣れきっていた私に冬の厳しさを思い出させてくれるようだった。
帰ってきたのだ。
翌朝、朝食前に従兄弟と近所を散歩をした。河原をぶらぶらしながら時折ライカで写真を撮っていると従兄弟がそれに興味を持った。私もフィルムカメラ、特にライカの魅力を語ることはまんざらでもない。従兄弟はうなずきながら私のとりとめのない話に耳を傾けていた。昔から変わっていない。小さい頃から兄がわりに面倒をみていたので、好奇心旺盛な性格はよく分かっている。
法事も無事に終り、最終日には従兄弟と近所のカフェのオープンテラス席でビールを飲んだ。たわいもない会話で盛り上がる。その日は初冬にしては暖かく穏やかな天気で、田舎特有の、汚れていない澄み渡る空に青い色が広がっていた。そんな景色を眺めているとなんだかふっと力が抜ける気がした。
「よかったら使いなよ」
ライカM6を従兄弟に渡す。あどけないびっくりした表情が昔を思い出させる。従兄弟には5歳になる娘がいる。きっと私よりもこのカメラで沢山の思い出を作ることができるだろう。
翌日、やや軽くなったカバンに手土産を詰めて家族とお別れをする。今度はいつ会えるのか。
ディーゼルエンジンの熱気が乗客の眼鏡や窓を曇らせると、いつしか汽車はトンネルを抜け渓谷をまたぐ橋ので一回だけ汽笛を鳴らした。