陽も高くないうちから斜面に無数安置された墓跡の間を一段一段慎重に下っていくと次第に視界が開け、眼下に広がる港に圧倒される。
長崎の朝
肌を刺す寒い冬朝だというのにどこか生ぬるい、湿った空気が鼻先をかすめるように通り過ぎていく。静寂のグレイブヤード。 まだ目覚めてない港街。 昨夜降った雨は夜露となり瓦屋根を艶かしく彩る。こんなにも美しい瞬間があるだろうか。
カメラを無意識に構える。
撮っても無意味なことはよく分かっている。どれだけ高性能なカメラで、収差が限りなくゼロに近いハイマテリアルのレンズで何枚撮っても、今この瞬間、網膜に焼き付けた光のスペクトルを超えることはできない。
それでもただ純粋にカメラが、そして写真が好きという確かな気持ちはシャッターを押すのに十分な動機で、この美しい瞬間を小さなセンサーへ残し、撮られた画像を貪るように検索。記憶と現実との境界像をいつも探している。殺伐とした現実世界へ戻った時になんとかしてこの瞬間の高揚感を呼び起こしたいと願って。
広角レンズはそんなスイートスポットと呼ぶべき追憶への扉(境界)へわずかに近づけてくれる。いつかは望遠でスイートスポットを一瞬にして切り取るようになれればな、と思う。