前回:断酒に至る経緯
ボヤ騒ぎがあってからアルコール断ちを決意するまでの数日間、やはり悩んだ。
70年代生まれにとってアルコールはあまりに身近なもので、ドラマ、映画、社交場などを含め日常生活に深く根付いており、空気(いやこの場合は水か)のような存在だった。強く、カッコイイ人間の象徴のようなものでもあり、そもそも飲まないという選択肢は病気をしない限りリストアップされない、そんな刷り込みがなされていたためだ。
調査開始
そこで酒との付き合いについてもう一度冷静に調べるためWeb検索や本を購入して読んでみたりもした。 そもそもアルコールが身体に良いと思ったことは(一応20歳から)飲み始めての人生この方一度もない。悪いに決まっている。なので、アルコールの弊害云々ではなく、あくまでこの毒物との付き合い方を考えるために勉強した。人生で初めてアルコールと本気で向き合った数日間だった。
中でも禁酒セラピーは薄い本だが大変楽しく読めた。筆者自身がアルコールに困っていたようで体験談が綴られており、特に断酒は"やる"か"やらないか"しかなく、やってみるとか徐々やる、は存在しない(Do or not do,there is no try!)という説明には説得力があり、私の今の状態や性格から考えて、ちまちま減酒する時間や精神的余裕もなかった。
飲み納めなしで一気に行動に移した
それで一応妻に相談して家中のアルコールを全て排水口へ注ぎ込んだ。 何事かと思い洗面台へ急ぎ登った猫はゴボゴボと流れる酒の渦をじっと見つめ、アルコール臭が刺激的だったのか、目をしばたたかせながらそのうちどこかへ行ってしまった。
この時の心境は特に無感動で、ただただ目の前の作業をこなしているという感じだった。
翌朝も特に変化はなかった。当然ながら前日に飲んでいないので、まあシラフの朝という感じで、かといって背伸びをして「ああ〜いい朝だッ」と感動することもない。とにかく今日の夜からアルコール無しの生活が始まるんだな、と思い、着替えて仕事に行く準備をした。
体調の変化
1週間経った頃、微妙な変化が起きた。
正直なところ、朝目覚めて(wake up)、起きる(get up)まではこれまでと違いはない。飲んでいようが飲んでいまいが、自律神経の切り替えが年齢とともにうまくいかなくなっているため怠いものは怠い。
違うのは起きてから行動に移るまでのスピード、というかエネルギー充填が速く、加速も素晴らしい。あたかも睡眠レールからポイントが活動レールへと切り替わり、これまではゴトゴトとゆっくり振動しながら頭痛と喉の渇きと胃酸の酷い匂いで充満した電車で進んでいたものが、振動のないリニアでおまけにグリーン車で悠々と加速している感覚である。これは素晴らしい経験で、いわば世の小学生(流石にアルコールは飲んでいないだろうから)達は毎朝こんな素晴らしい経験をしているんだと思ったりもした。
増える炭酸水と甘味
これはアルコールをやめた人に比較的共通してみられる症状のようで、とにかく甘いものが食べたくなった。帰宅時に駅ビル内のショーウインドウに並ぶケーキやプリンや洋菓子をみると発作的に購入した。誇張ではなく毎日のようにケーキを買って帰っていたと思う。
さらに食卓には炭酸水が並ぶようになった。今でこそ水だろうが何だろうが食事は普通にとれるのだが、当時は週末になると炭酸水(もちろん無糖)をケースごと買い、それをビール代わりに毎日グビグビ飲んでいた。まあ立派な離脱症状でしょう。よって金銭的な面でいえば、アルコール摂取が減った分、炭酸と甘味が増えたのでそれほど節約にはならなかった。
厄介な問題
そんな断酒の日々が過ぎた頃、いくつか厄介な問題に出くわした。コロナ禍で現在は少なくなったが、それまでサラリーマンには宿命であった会社の忘年会や新年会などで、アルコールを口にしないことで余計な心配や憶測をされたり、もちろん同僚や友人とのプライベートな食事会などでは、場の空気が冷めることが何度もあった。
なんといってもそれまで私は良く飲む方だったので、なおさらだろう。相手側にしてみてもシラフを相手に自分だけ酒を飲むのは楽しくもなんともない。飲み会はやはり全員がほろ酔ってこそ生じる独特の空気感で成り立つものである。
旅行も何度かした。妻も私に付き合って断酒したのだが、温泉旅館などで酒無しの食事は味気なかったように思う。アルコール無しの舌では素材の味がダイレクトに伝わるのは良くも悪くもあり、ここで地元の冷酒を少し入れれば芳醇な香りと共にこの脂の乗った寒ブリとすりおろしのワサビが素敵な夜を演出してくれるだろう...などと思うこともなかったわけではない。
しかしやはり飲まなかった。飲んでも良かったのだが、飲まない生活をどれだけ続けられるのか、ある種のゲームのような感覚だったと思う。
もちろん元のアルコール生活に戻るのが嫌だったというのもある。その頃はすっかり朝起きの快適さ、酒に振り回されない生活などに順応しており、炭酸水も甘味も通常量に戻っていた。慢性的な喉の渇きと乾燥、それによる痛みも無くなったし、風邪もひかなくなった。
またこの期間、早朝写真をよく撮りに出かけた。なんと言っても朝からハイエナジーで動けるので朝焼けなども撮ったりして楽しく過ごせたと思う。
体を鍛えるためにマラソンやジム通いも始め、まあ心身ともに健康であったようにも思う。このまま一生飲むことのない人生かな、と思っていたのだが、何の前触れもきっかけもなく断酒が解除となった。
次回:断酒の解除