Cure of GAS

Castle Rock Photography

日々について淡々と書きとめてます。

昭和の正月の記憶

おおむね学童期(小学生)を通じて、私の正月は昭和そのものだった。

地元に根の生えた大家族ではなかったので派手さはなかったが、それでも年末には餅つき、年賀状作成、食材の買い出しなどを家族全員で何ひとつ不平不満、疑問に思うこともなく行った。

晦日は街全体が文字通りひっそりと静まりかえった。 その年と翌年の寿と泰を祝い、ブリや鯛の刺身を食べた。今でも洗礼のようにグラスに小指ほど注がれた苦いビールの味をよく覚えている。夜は紅白歌合戦を祖父母と共に家族で観た。赤が勝つか白が勝つか、真剣に、時にはそこらにある棒を持って祖母は好きな曲を歌った。

深夜0時を回ると、友人達と参拝に出かけた。小学生にとって深夜の外出ほど冒険心をくすぐられるものはない。神社は白熱灯で煌々と照らされ、各地から集まった多くの人々で賑わった。賽銭は誇張抜きで宙を飛び交い、地元の不良達がわらわらと湧いて盛り場に集まる。早くから場所どりをしていたテキ屋が軒を連ね、美味しそうな粉物の匂いが小道を埋め尽くす。

深夜に帰宅して布団に入るとすぐ朝がやってくる。田舎の冬は凍えるように寒い。エアコンもヒーターもない部屋で自分の体温だけを頼りにモゾモゾと起き上がり、朝食を食べる。ストーブの上にはみかんが並べられ、香ばしい匂いがする。

元日の朝、祖父母はいつもお年玉をくれた。小学生にとっては大金で、同時にその年の予算だった。といっても買うものも、買えるものもたかが知れている。正月飾りをバンパーにつけた車が行き交う市内まで出て、中規模なデパート(当時の私にとってはテーマパークだった)でタミヤのプラモデルを買うのが何よりの楽しみだった。

正月、雪で静まり返った街ですることは何もない。こたつに入り、図鑑を開いたり、テレビでバラエティーをみたりしていた。昼はお餅を食べた。醤油に砂糖を混ぜて作っただけのシンプルなタレ。そのうちバイクのエンジン音とポストのカシャンという音が聞こえると、年賀状をとりに行く。数十メートルしか離れていない家に住んでいる同級生達からの年賀状。ほとんど毎日会っているのに手書きのイラストには何か特別な思いを感じて、しばらく机に飾る。

これが私の記憶にある昭和の正月。 あの頃は良かったか?と聞かれると、正直上手く答えられない。良いかどうかを判断するには幼すぎたこと、またそれが当たり前の行事として、なんの疑問も比較もなく過ごしていたから。

もし過去に戻れたとして、この歳であの時代の正月を経験して、それが記憶に残っていたとしたら、今頃どんな気分だろうなと考えることもある。

あの頃は良かったけど、今も良い、と思えるような正月を過ごしたい。

Morning tree

良いお年をお過ごしください。2025年 師走

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生活のダウンサイジングへ向けて

特に今、生活に不満があるわけではないが、昨今の物価高と収入の反比例を踏まえ、今後の生活のダウンサイジングを行うことにした。
実はこのような形で記事、というほど大袈裟ではないが、文章にするのは初めてで、これまでもダウンサイジングについては考えていたが今回が初表明といってもよいかもしれない。
とはいえ、完全にダウンサイジングするにはあまりに若すぎる?ため、徐々に、段階的に行っていくとして、現状を各項目に分けて考えていきたい。

 

食生活

食費は削らない。食べたいものは、それが健康を害する物やレベル(量)でない限り、食べる。

妻とダウンサイジングを考える上で、まず最初にコンセンサスを得たのがこれである。

理由ははっきりしている。なぜならば食を削っていくと、間違いなくメンタルが不調になるからである。

これは、食べたいのに食べれないというストレスと、適切な栄養の補給ができないという両側面がある。食費を削ったばかりに翌朝からのハードな業務に耐えられず、気力が抜けて、それが原因で仕事のミスを犯すようなことがあれば本末転倒である。

節約といえば、若者はまず食費を削るという。実際私も貧乏学生だった頃は食費を削っていた時期がある。まあ今の時代に比べ世の中の経済状況も良かったので、生活のためというよりギターとバイクなど趣味にお金を使いたかったことが主な理由だが、とにかくそれでもやれた。食べなくてもなんとかなった。どうしてもお腹が空いたらうどんを買ってきて、フライパンにのせマヨネーズで炒めて食べた(ちなみにこれはゼミで知り合ったラグビー部の連中からきいたレシピで、彼らはこの食事を“スナック“と呼んでいた)。それで十分だった。なぜなら若かったから。

The things that make me happy

しかし中年になってから同じことをすると本当に栄養失調で事故を起こしかねない。

中年は代謝が悪い分、多くの栄養が必要となる。もちろん肥満にならない程度に抑制することは必要だが、適量の炭水化物とタンパク質(サプリを使ってでも)はなんとしてでも摂らなければならない。

よって食生活のダウンサイジングは行わないことに決まった。

 

美容・ファッション

美容もダウンサイジングはしない。清潔感を保つことはもはや社会的な義務である。

といってもこれは主に妻の意見である。

人は見た目9割。特に中年男性になると見た目はどうしても汚れてくる。ただでさえ汚れてくるのに、身だしなみまで節約すると、結果として印象も悪くなり、人付き合いの低下、ひょっとしたら収入を得るチャンスも減るかもしれない。

まあ人付き合いや収入はともかくとして(そもそもそんなに付き合いは多くない)、私自身は性格的にもやはり身だしなみ、つまり清潔感は保っていたい。

毎日風呂に入る。髪を洗う。歯を磨く、フロスを通す、月に1回は美容院へ行く。化粧水やクリームをつける。爪を切る、ハンドクリームをつける。体型に合った服を着る、などなど。過剰に身だしなみを気にする必要はない。一般的に、社会通念上、清潔感があればそれでいい。

ちなみに愛用している化粧品はDISMディズム。

肌の弱い私でも使えるし、1本で全て完結できる。風呂上がりにはUV無し、仕事前にはUVありと使い分けている。全てのメンズにおすすめ。

趣味全般

欲求に従うのではなく、幸せになることにお金を使うこと、逆に、幸せになることなら投資を惜しまない、過剰な節約はしない、毎日使うものはできるだけ良い物にして長く使う

これが趣味へのダウンサイジングの考え方。まあ当たり前といえばそうだが、若い時はなかなか気づきにくい。

現在、カメラはESO R8とデフォルトレンズ(35mm)で全く不満なく、なんでも撮影できている(時々24mmが欲しくなるが)。あとはHolga。 少し前に再開したギターは少しだけ奮発して長く使えるものを買った。旅行も行く。

宿代をけちってあえて安宿を選んだりはしない。安宿は安眠を妨げて、結果としてストレスが溜まることになる。これも若い時はなんでもないこと(海外で10人のタコ部屋に泊まったこともある)だが、中年になると体調管理のために必要な経費となる。

Hazel memories

妻と出掛けて、どれが最も幸福度を高めるか考えながら買い物をするのは楽しい。といっても過剰に節約するつもりもない。 これまでのように「とりあえず買うか」を止め、「必要だから買う」にシフトしているだけである。


精神的ダウンサイジング

結局一番手っ取り早いのは自分自身の考え方を変えること

これはここ数年かけて私が取り組んできたことで、つまりは精神的断捨離。

  • 必要なことだけ考える
  • 余計なことは一切考えない。
  • 考えても何も変わらないことは考えない
  • 考えているのは自分だけで世界は何も変わっていないことを認識する
  • 脳はポジティブ・ネガティブ、どちらの感情も刺激としか受け取らない
  • 脳は常に刺激を欲しがっている、だから余計なことを考える(考えさせられる)
  • 環境を変えるという発想ではなく常に自分を変えるという発想を持つ
  • 四角いボールより丸いボールの方が世の中を転がりやすい
  • 他人からの汚れた贈り物(言葉でもなんでも)は受け取らない、受け取らなければそれは相手に戻るだけ


なんのためにダウンサイジングするか?それは幸せになるためである。

消費を減らして、余裕のある暮らしをする、それは精神的にゆとりを持たせることになり、結果として幸せになる。

しかし、結局一番手っ取り早いのは自分自身の考え方を変えることかもしれない。

ダウンサイジングの考え方は本当に人それぞれであるが、今のところ、これが私には合っている。

Off - season, quiet

 

360度評価と人間関係の複雑さ

久々の記事がこういうタイトルになってしまい、そのこと自体が自分の年齢を嫌でも感じさせるわけだが、先日、360度(さんろくまる)評価というものを受けた。

そこそこ規模の会社員の方はご存知かと思うが、人事考課の一環として部下から上司への評価を行うものである(360度なので同僚同士というのもあるがそれはやらなかった)。一応前提として、これは訓練プログラムの一種なので結果については人事評価に利用しないということが担保されている、おそらく。

The Kitchen


私の勤務している会社は決して大きくはない。

そして往々にして大きな会社ではないほど、ボスを見習えと言わんばかりにこういったシステムを積極的に採用したがる。

しかし元々ハード面はおろか、特にソフト面の訓練を受けていない連中が見様見真似ですることだから結果は思ったとおりカオスだった。

社長はもとより、幹部連中へ、会社全体へ、あらかじめ用意された評価事項は限りなくゼロに近く、さらに罵詈雑言が匿名性をいいことにゲロのように吐き出されていた、という話を人伝に聞いた。中にはアンケートの余白に全く新しい評価をこしらえてそれに丁寧に○がしてあったとのことで、まさに討幕か一揆か、どうでもいいが全く暇な連中だ。

そして私への評価だが、平均してあまり良くない。

それどころかチームのメンバーのひとりが全ての項目で極端な低評価を付けていた。 もちろん匿名だし、結果も公には非公開であるが、私は古株なので幹部連中が結果を知らせてきたのだ。流石に誰とまでは言わないが、そこは察しがつくというもの、

『あー、あのやろうか』と私の心が呟く。

「こんなバカな評価つける奴はチームに置いとけないんですけど」と私が言う。

「まま、匿名だからそこは、ね、察してよ〇〇さん」と幹部 「そもそもこれ、本当にうちのメンバーが提出したものですか?」と私。

というのはこのアンケート、自分の所属する部署を○するだけなので誰でもナリスマせるわけだ。だから正直最初から統計的な価値はゼロ、システム自体が破綻している

「もちろん」と幹部、「なら、ちょっと原本見せてくださいよ」「いやあ、それはちょっと、特定されちゃうからね」と幹部、

「えーと、原本みただけで誰かが特定されるのなら、そもそも匿名性が担保されてないってことですよカンブ」

と少しキツめに言わせてもらったが、まあ開示は無理だった。どうせ人事評価には関係ないし、まあいいか。けどもしこれで賞与がミリでも減額されてたら徹底的に争うつもりだが、まま、そこは古株のしがらみ、なあなあにするしかない。

After the stormy weather

帰宅してこのことを妻に話すと妻は「あなたへの評価? そりゃ高いわけないでしょうが!」と熟年主婦ならでは軽口を叩く。

「ワガママヨ、あなた」とキッパリという。「自分以外のことなーんにも考えてないでしょ、はいチョコあげる」と80%カカオのチョコを貰った。

妻からもらったチョコを食べながら、YouTube柴咲コウのKOH+「最愛」MV with 福山ましゃを見ていると次第に心が落ち着いてきた。

そして改めて思ったのが、私自身について。

これまでの人生、他人からの評価には一切関心がなかった。そもそも評価は相手側の問題であって、私の問題ではないと考えていた。そのため、「なるほど、そういう指摘もあるんだー」くらいにしか思っていなかった。

もちろん例外はある。特に私自身が尊敬する人間からの評価、それは自己成長のため大切に利用してきたつもりだ。 そもそもこれまでの人生でなんらかの評価を完全にスルーして人間的に成長できるわけがない。特に私の年齢(氷河期)では叱咤暴言激励創痍治癒は当たり前の時代だったし。

そして同時に最近やけに頭の中でこだまするフレーズ、

リメンバー〇〇 (〇〇を忘れるな)

これは私が勝手に反面教師として敬うレジェンド芸能人達である。

先駆者は紳○さん、そして松○、山○、○居、国○、そして我らが福山さんまでもが、現代基準で言葉尻を捕まえて揚げ足取り寸前か、実際に突き落とされた。そして彼らは、平均的には私と同世代であり、もちろん好感を持っていた。

自分自身の価値観を現代基準にアップデートしないといけない、と思うことは多々ある。

特に新入職員への対応は、私の世代なら皆、大変苦労しているときく。例の、私に低評価を入れたのもまだ20代の社員である。

私たち氷河期世代が組織で生きづらく感じているのは、

『受けてきた教育の結果得られた成功体験を減弱フィルター無しには伝承できない』

ことにあるのではと私は考えている。

逆に言えば、私と同じかそれより上の世代に対してはこれまで通り、フィルターなしで接することができる。もちろんお互いに使用している定規のメモリが同じためだ。

皆、叱られて、怒鳴られて、意地悪されて、飯を奢られて、飲まされて、そして言葉を武器に、ここまで這い上がってきた。 しかしそれをもはや後世に伝えることはできない。経験上、10歳以上歳が若いと明確な乖離が起こる。

「それってハラスメントですよ」

は冗談ではなく日常的になりつつあるし、まさに答え合わせしている暇もなく上層部から注意を受ける(私はまだそのレベルではないが)

Morning Flowers


ちなみにその後、彼を行きつけの中華料理屋に誘って昼めしのチャーハンを奢ってやった。もちろん評価云々については一切伝えていない。態度も変えていない。これまでも飯に連れて行ってあげていたから急に止めるのも変だし。

口いっぱいに飯を頬張ってニコニコしながらチャーハンを食べる彼をみて、こいつ本当に何も考えてねーんだろーなーっと思った。 実際に何も考えてないんだろうな。 だからあんな評価を付けられるわけだ。

中華料理屋の店主の妻が店員と楽しそうに話しているのが聞こえた。

「ボケっとしてると〇〇さんみたいにナチャウヨ」

そうだね。

追記

前回この記事を書いてから1週間の間、グーグルをはじめとしてあらゆる検索サイトが、あくまで私だけへの、人事考課関連記事をおすすめしてきた。パーソナライズド広告の恐ろしさをあらためて実感した。

しかし私自身、もはや人事考課関連には興味がないので完全にスルーしながらもっと意味のあることへパーソナライズドを仕向けていたのだが、そんな折、ある記事が引っかかった。

gentosha-go.com

概要を書くと、部下からの多面的評価によって上司が減給、部署異動された話である。 

この記事の内容について、率直な意見を述べると、あり得ないに尽きる。 これは何かの冗談か、ネタか、とにかく何か記事にしないと小銭が入らないか、どれかであまりにも短略的すぎる。まさかこれを信じる普通の会社人間はいないと思うが。ちなみに著者に罪はない。だって仕事だもの。

事実として、結果は部署異動、減給というのは本当にあったのかもしれない。しかし原因が『部下からの多面的評価』だけということは絶対にあり得ない。絶対に。それは明らかに合理性を欠くし、記事に書いてあるような年収の下げ幅を考えると、このレベルの不利益変更は明らかな労働基準法違反となる。

多面的評価はあくまで主観的なもので、本人の業務上の能力とは必ずしも一致しない。評価がどうあれ、その人間が会社にとって必要なら、会社としての評価は変わらないだろうし、ましてや減給などということはしない。 

もしもこのような処分が下されたのなら、おそらくその上司は他でいっぱい『やらかしていた』としか考えられない。それもかなり濃いことを。

そしてまずヒアリングによる事実確認、必要なら注意やアドバイス、研修への参加、などかなりの時間をかけてこの上司を改善させようと会社は努力したのだが『これが俺の指導なんですよ、何が悪いんすか?』と全く改善の余地がなかったことが明確にあったのだろう。会社として下した処分が社会通念上も合理性があると判断した結果だ。

残念ながらこの記事から得られることは何もなかった。しかし、何はともあれ、好かれていると思っていた部下たちの辛辣なコメントには胸を痛めただろう。その気持ちは嫌というほどわかる。

ある有名な企業の社長が言っていた言葉。「一番コントロールすることが難しいもの、それは人の気持だ」

そう。人の気持ちは絶対にわからない。

(ちなみに賞与は減ってました。しかしこれは業績の問題なので今回の件とは別です)

 

床が外れた京都について

先日ニュースで貴船の川床が外れたというのをみた。

てっきりオーバーツーリズムで積載オーバーしたのかと思ったが、連日の雨での災難。負傷者は、まあ重症でなくて何よりという感じだ。

そんなニュースをみながら、ああ以前この辺りを散歩したことを思い出して懐かしくなった。

Kamo river, Kyoto

学生時代を京都で過ごし、おまけに母親が京都生まれの私にとって京都は第二の故郷である。現在は関東住まいだが、以前は毎年のように京都にぶらぶらと遊びに行っていた。

遊びといっても何をするわけでもない、ただ学生時代を懐かしむかのように今出川から御所を抜け、丸太町、寺町のカフェでお茶をして、ハードバップでジャズレコードを漁り、そのまま三条へ。今は無き京都ロイヤルホテルの地下でトイレ休憩をしたら四条、先斗町木屋町へ抜ける。

先に北山へいくこともある。そこから左京右京どちらかのルートで、哲学の道を通って南禅寺、そこから市内中心へ向かう。

基本は歩いて、疲れたら適当なバスに乗って歩を進める。

四季いつ来ても素晴らしい街。

夏は暑いが、それが京都らしい。春はなぜか新歓コンパを思い出して胸がざわめく。秋は最も大好きな季節で、グレーのヘンリボーンコートを着て緑黄色のイチョウの葉で飾られた小径を歩くだけで幸せな気分になる。 冬はお寺で飲む甘酒が心を温かくする。

Kamo River, Kyoto

残念ながら現在はもう行くことがなくなってしまった街。

行きつけだった木屋町のバーのマスターが周辺環境の悪化を嘆いた頃からその傾向はあった。 行くたびに変わる景色。 そしてつい数年前、すっかり様変わりした街と余裕のない人々、そして交通の不便さに嫌気がさした。

もう私の知っている京都じゃないな、そんな気がした。

よく使っていたホテルも、もう今は無くなってしまった。 古い建物だったが中は清潔で、窓を開けると平安女学院大学がみえた。清麗潔白な乙女たちが学ぶ宿舎に、かつて邪(よこしま)な考えを持った若かりし日の自分に恥、悔い改めるのにも好都合なホテルだった。

Village north of Kyoto

もちろん原因は私自身にもある。 歳をとるにつれて色々と億劫になる。まあ国内海外含めて行きたいとこは行ったし、という気もある。

夫婦二人と猫のいる家の居心地は悪くない。

休日は文字通りダラダラと過ごしている。 何もしない休日。

Kamo river, Kyoto

※写真はLeica Qで撮ったものです。コンパクトでいいカメラでした。今度発売するRX1RIIIも旅に良さそうですね。笑。

 

フィルムカメラブームは終わりつつある?について

先日の七夕の日の記事、

を読んだ感想。

昨年、妻から、友人の娘のなになにちゃんは大学生で、スマホではなく、なんとかというフィルムカメラで、なんとかのサークルの何かの集まりを撮っているという話をきいた。

その時私はアマプラか何かで『バニラスカイ』を観ていて、このsomethingやwhatの連続する妻トークに耳を傾けるフリをしながら『ペネロペさんってなんでこんなに可愛いんだ』とトムクルーズに嫉妬すら覚えていたわけだ。

我が家のいつもの日常である。

しばらくタブレットをいじっていた妻が、予想通り、「これみて」と画面を差し出してきた。ラインに送られてきた数枚の写真。 そこには確かに何かのサークルらしき何かの集まりで、楽しそうにする女子大学生達がフラッシュをたかれた赤目でこちらをみていた。

まあ確かにこれは、なんだか楽しそうだわ!

さらにこれは間違いなくフィルムライク、ではなくフィルム写真だと直感でわかった。ハイライトとシャドーをみればすぐにわかるし、シュミレーションで赤目は流石にないだろう。

私は、「へえ」と何気なく返事をした。それから思わず「いつまで続くかな」と言った。

Through the window

その娘さんが今も継続的にフィルムで撮っているかどうかはわからないが、それ以降写真の更新はないように思える。

今の若い世代は、とにかくショート主義である。短時間内にどれだけ報酬を得られるのか、それをタイパだとか、コスパだとか言う。フィルム撮影と現像とスキャンニングはその対極にある行為で、平均的な若者が没頭するには無理があるだろう。またそれに見合った報酬も望めない。

ブームは去ったのか?そもそもブームなんてあったのか。

先日某カメラ屋からメールで連絡があった。リストに入れていたフィルムカメラが価格変更されたとのことで、まあフィルムカメラなんだからてっきり価格が下がったのだろうと思いきや、 

www.mapcamera.com

この値段で、おまけにフィルムライカを誰が買うのだろうか。 ライカで家が建つ、とまではいかないが、まるで1950年代に戻ったみたい、か。

もちろんライカが全てではないが、もう少し若者に夢をみさせるようにハイエンド製品の価格設定と潤沢なフィルムインフラ環境になれば、本当のブームが来るのかも。

 

なんとなくギターを始めた。

なんとなくギターを始めた。

正確には、再開したといった方がいい。25年ぶりだ。

ボロボロのハードケースに保管していたガットギターを手に取り爪弾いてみる。 不思議といくつかのコードは覚えている。

スチール弦はサビつきナイロン弦のチューニングは容易に合わない。 指先に痛みを感じながらも、20代の青春を取り戻すかのようにスリーコード、フォーコード、と記憶を頼りに和音進行へ身体を委ねる。

あっという間に時間が過ぎて、もうこれ以上記憶からは何も引き出せないことが分かった瞬間、青春時代は短かったんだなと悟る。

何かを始めるためには何かを捨てなければならない

もう随分と昔から、いやというほど分かっていた事実だが、昔のアルバムをめくるように、弦の振動を感じ、ボディの共鳴で踊る身体に、人生の後半を少しだけ貸しだすのも悪くないと思っている。

 

まずは弦を、張り替えようか。

 

 

 

仕事で写真を撮るようになったことについて

最近仕事で写真を撮ることが多くなってきた。

といえばなんだか聞こえはいいが、実際は報酬をもらってではなく、包括業務、いや、業務包括か?まあ要するに会社の業務の一環として写真を撮る、ということで、職業カメラマンのように撮影料をもらって撮ることとは全く異なる。給料も上がらないし、賞与にも反映されない。

事の経緯は単純で、今勤めている会社がパンフレットやwebで広報をする際にこれまでカメラマンを雇っていたのだが、おおよそ1日束縛で費用は10万である。

これを疑問に思った新役員なり、上層部の人間が私に相談にきたわけだ。

相談内容は

この写真は本当にプロクオリティーなのか?

10万は適切なのか? で、最後に

この写真を君は撮ることができるのか?

である。

正直これらの質問は全て、最後の質問(この写真を君は撮ることができるのか?)への布石であり、収束への誘導。下世話な要求をオブラートするためのレトリックであることを私は確信していた。 要するに、撮るなら当然仕事の一環としてなので、もちろん無料でということだよーん、という感じである。以下質問への私の回答を書き留めたい。

 

この写真はプロクオリティーなのか?

正直わからない、と答えた。なにを持ってプロクオリティとするかの判断が私にはもはや出来そうにないからだ。というのは、こんなブログやってて、プロアマ限らず嫌ほどハイクオリティな写真を日々目にしていて、フィルムのザラつきやブレ、眠たい写真すらまるで、モネの絵画のように(たとえが変か?)芸術だと思うような自分がいて、プロクオリティ=普通の写真にしかみえない。

「いい写真ですよ、綺麗にとれてるし、3000pxの300dpiもクリアできてるし、明るいし」

そんな返答をしたのを覚えている。

私は一度その撮影現場に居合わせたことがある。カメラマンは比較的若い男性で、みるからに重そうなプロフォトのロケットランチャーみたいなライトとニコンのカメラを持っていた。レンズは大三元などではなく、いわゆる廉価版。理由は軽いから、らしい。まあそりゃそうだろう。 移動が主の職業カメラマンにとって軽さは正義。趣味で1300gもするF1.2大口径レンズをチョイスするのとは訳がちがう。

彼はライティングが非常に巧かった。ほとんど失敗する事なく適正露出で全ての写真を撮った。これは簡単そうで難しい。そういった意味ではプロクオリティの写真だろう、な。

 

10万は適切なのか?

いきなりだが、私は妻と挙式をあげていない。お金もなかったし、そんな余裕すらなかった。代わりにチャペルみたいなとこで写真を数枚撮った。その時に提示されたのが10万円だったと思う。なのでこの金額は相場か、ひょっとしたらリーズナブルかもしれないというのが本音だ。それで答えた。

「まあ、それくらいは、かかりますよ。夏場でもハーハー言って重い機材持って歩いてるわけだし。撮った後でも編集やデータ保管のコストやリスクもありますし....」

「うちのアルバイトさんの日当は1万1千円なんだがね」役員のひとりが言った。「その10倍の価値があるのか?」

 

この言葉で、まだ20代の頃、冷蔵庫内でアルバイトしたことを思い出した。冷蔵庫といってももちろん家庭用ではない(あたりまえか)、冷蔵の倉庫である。

映画ロッキーに出てくるような牛さんがぶら下がっている、あんなのをイメージしてほしい。ある派遣会社での登録で降りてきた仕事だ。それで日当が8千円だったと思う。実際は1万5千円くらいで胴元が中抜きしていたのは間違いないけど。

仕事はきつかった。肉体労働なので体がすぐに熱くなるので上着を脱ぐのだが、ものの数分で凍えるように寒くなる。低体温症にならないように頻繁に外に出る。外は真夏の気温。喉がやけに乾いてリッターのペットボトルの水があっという間に無くなる。それを繰り返していると身体のホメオスタシスがバグる。まるで赤銅色に燃える鋼に水をかけて鍛えるように、肉体的精神的にタフになった、といっても二日で辞めたけど。誇張ではなく1日で体重が2キロ近く減ったのを覚えている。

写真撮影はその10倍の労力が必要な仕事なのか?

こういったことは突き詰めると、訳がわからなくなる。 ブルシット理論?エッセンシャルワーカー?まあ、どうでもいい、か。

 

この写真を君は撮ることができるのか?

会社にあるカメラはEOS 6DMKII、レンズはタムロンの廉価版。あとはレフ版が少しと貧弱なライトボックス。撮れないことはない。もちろん、少なくとも一般人がみて違和感のない綺麗な写真くらいは撮れる。

Hotel, Scotland

「よろしく頼むよ」役員が言った。

私は咄嗟にブラピ主演の映画『Ad Astra』のセリフを思い出した。

ブラピ扮する ロイ・マクブライド少佐はある重要なミッションを上官から頼まれて、心の中でこう呟く...

Are you with us? Like I have a choice...

(やってくれるか、だと? やれってことだろ...)

 

私が思わずニヤけながら承諾したことをお伝えしておきたい。