FOMOとはFear of missing out、つまり失うことの恐怖という意味だが、SNSなど他人のキラキラが目について自分もこの機会を失う(失っている)のではないか、という心理的なバランスの崩壊を表す言葉である。
そしてこれに購買というキーワードを付け加えると
”失うことの恐怖...から購買をしてしまう”
という人の心理を表す言葉となる。今日はそのことについて。
ちなみにもっと高尚な心理不安である、愛する人やペットを失うという恐怖については喪失は共通しているが、カテゴリーとしてはこちらは分離不安(Separation Anxiety) や 見捨てられ不安(Abandonment Anxiety) として分類される。FOMOはもっとカジュアルである。
カメラでもレアもの、一点もの、今後値上がりするもの、製造数の少ないもの、年代の割に状態の良いもの、ビンテージでも露出計が正常に動くM6などなど、今このチャンスを逃したら2度と手に入らない、と思って時に大金を払って(ローンを組んで)まで手に入れようとする消費者心理。
そしてこのFOMOは、実際私も経験したことがあるが、一度本当に喪失を経験すると、次回からこの行動が加速する傾向がある。
昨年、状態の良いハッセルが(おまけにクロムではなくブラック)が売りに出された。いや正確には売りに出される予定だった。ハッセルも最近ではライカ並みにおかしな値段になってきているので数十万前後で買えるモデル(ただしレンズは別だが)は希少だ。それでちょくちょくサイトを覗いて販売開始(どうもオーバーホールに出していたらしい)となるのを待っていた。
ある朝、サイトを覗くと販売中となっていた。そしてまあよくあることだが、なぜか思いとどまった。そもそもレンズ、私の好きな80/2.8が手に入るのだろうか、などなど急に躊躇(要するにヒヨった)してしまい、とりあえず仕事に行って帰宅してもう一度考えようと、保留した。
休憩時間、サイトを覗くとまだ売れていない。退勤時、売れていない。まあこんなもの誰も買わないだろう、それで帰宅して湯船に浸かり、アサヒスーパードライをクッと飲んで、さあ、買うか、とサイトを覗くと、SOLD OUT。
アルコールの粒子が毛穴を広げ、体から湯気が出るような気がした。もう一人いた。そんな気がした。もう一人の私、そいつがおそらくシンリンオオカミのごとく夜の闇に潜み張り込んでいたのだろう、そして潤沢な予算の牙でガブリとひと噛み。
あーやられた。
そんな気分だった。躊躇したのが悪。決断は速やかに。悩んでいる時間がもったいないだろ?と車好きで購買を繰り返している悪友がかつて私にいった言葉がリフレインされる。
それ以来私の購買行動は(もちろん限度はあるが)以前よりも早くなった。
逆に私が、誰かのスイッチを入れてしまったこともある。
老舗店舗で見つけたライカM6。当時はまだ20万円台で買えた。シャッターフィールというか巻き上げが大変良い。それでその場で購入の意思を伝えると、オーナーが少し悲しそうな顔をした。なんでも、私が来店する数分前に別のお客さん(まだ若い男性)が来て、このM6を欲しそうにしていたらしい。
しかしやはり高価だから(まあ学生には高価だろう)少し考えるけど、すぐに戻ってくるかもしれない、今日中ならまだ売れていないですよね、ライカM6は僕の夢なんです、うんぬん。
「まあ...仕方ないですね」
私がいうと、散々修羅場をくぐってきた初老のオーナーはもう顔色ひとつ変えずに計算機を叩いていた。「だね。仕方ない。こればかりは」
少し値引きしてもらい購入。
彼は、この複雑な心理を嫌というほど経験しただろう。そしてFOMOの出来上がり。
次回からは失敗するなよ、と老婆心ながら彼にエールを送った。
Leica M6 / Summilux35mm