Cure of GAS

Castle Rock Photography

写真やカメラにまつわる話を淡々としていきます。

Lumix DMC-LX3と歩いた台湾

2014年、私は台湾に居た。

3月の寒くも卒入式シーズンでむせ返るような熱気を帯びた羽田空港を金曜日の朝に発った。2泊3日の弾丸旅行。今となっては信じられないほど自由な世界だった。

当時、カメラというカメラも持っておらず、ポケットにそのまま入るLumixを何気無しに旅行カバンに入れて桃園国際空港に降り立ったのは正午過ぎ。4時間弱のフライトで異世界に到着した。

到着した初日はホテルで休憩をとり、翌朝九份(ジォウフェン)へ。お馴染みの観光ルート。人や物、そして異国だがなぜか懐かしい匂いに包まれた坂道を歩く。

Taipei 2014

当時、ストリートフォトなど興味はなかった。よって特に意識したわけではないが、今見返してみるとなんとなくそれぽくなっている。恐らく台湾という場所そのものがどこをとっても絵になる街なのかもしれない。

Taipei 2014

Lumix DMC-LX3OEMがライカD-LUX4で、中身は全く同じというのは有名な話だが、2022年師走の今見返してみても綺麗に撮れている。CCDセンサーでとられた画像は独特のDNAを持っているように思い、モノクロにしてフィルムライクに楽しんでいる。

Taipei 2014

Taipei 2014

小籠包と紹興酒を飲んだ帰り道、ホテルへ向かう途中で道端に紙幣が落ちているのに気づいてそれを拾った。500元台湾ドル紙幣。その時、亜熱帯地方から運び込まれた湿った風が大きく肌を打った。最後の夜。

何かの記念になると思いそのままパスポートの間に挟んでいたのだが、日本に着くと知らぬ間に消えていた。

Taipei 2014

さて今度はいつ行けるかな。

 

 

iPad その魅力と忘却の彼方へ

先日、妻へiPad miniをプレゼントした。

現在のモデルが10年近くなり、さすがに挙動がおかしくなってきたこと、おまけにホームボタンは陥凹したまま戻らず、もはや機能していなかった。それでも節約家の彼女は「壊れるまで使う」と言い張り、うずくまったまま戻らないホームボタンの代わりのジェスチャーをすぐに身につけ、メールやブラウザなど必要最低限のことをこなしていた。全く大したものだ!

とにかくそんな彼女を不憫に思い注文したわけだが、早めのクリスマスプレゼントに戸惑いながらも「ありがとう」と嬉しそうな表情を見せた。こちらこそ、これからもよろしくお願いします。

 

しかし今のモデルは本当に良くできている。動きは何もかも滑らかで遅延ひとつない。ペンでの入力レスポンスも、私の知っている時代に比べ全く実用レベルに達している。家電の10年は本当にすごい。圧倒的な技術革新を体験できる。

実は私も10年近く前、妻と同時期にiPadを購入したのだが、結局使わなくなってすぐに手放した経験がある。自宅にはMacBookがあったし、必要最低限のことはそれとスマホで十分だったからだ。ただ今回iPadの進化をみて、好奇心が湧いてきた。それで自分用にiPadを購入してみようという気になった。特に最近、というかパソコンの洗礼を受けた時以来、文字を手書きすることが極端に少なくなり、気がつけば漢字を書けない大人になっていた。iPadApple Pencilで手書き入力する習慣をつければ漢字練習にもなるし、脳にも良いかもしれない。肝心のモデルだが、出来るだけ良いものをということで奮発してiPad Pro11インチにした。

しかし1ヶ月後、10年前と同じくやはり手放すことになった。以下長文だが経緯を、自分への戒めとして書き留めておきたいと思う。

楽しい1週間

iPadが到着して最初の1週間は大変楽しく過ごせた。私が普段プライベートで行う大抵のことはiPadで出来ることがわかったし、その軽さゆえ2階の書斎から1階のリビングへの移動もシームレス、また夕食時に食卓を囲んで写真や動画を夫婦ともに笑顔で閲覧できた。幸福のあるべき姿のようなものが確かにそこにあったような気がする。

さらにApple Pencilの性能は予想を大きく上回り、「すごいな!」あるいは「Awesome!」と自然に感嘆詞がこぼれ落ちた。レスポンスも使い勝手も大変良い。ただ、問題点がなかったわけではない。ガラス面とプラスチックの摩擦音、いわゆる「コツコツ」「キュッ」という音が大変耳触りだったし、そもそも文字を書くたびにガラス面から反発される筆圧が、例えるなら幼い頃ビー玉を口に入れて噛もうとして感じた、我が身をもって経験した禁断の行為に近い嫌悪感が生じた。

しかしこれも不思議なことにしばらくすると慣れていった。他社製(エレコム)の描き心地の良いペン先に変えたのもあるかもしれないが、そのうち全てが違和感なく行えるようになった。

2週間目にはさらなる飛躍

そして2週間目に入った時には「キーボードでも入力したいな」と欲が出て、追加でMagic Keyboardを注文した。店頭でsmart folio keyboardも試したのだがタイプした時の感触とそのクールなルックスが好みでMagic Keyboardにした。シグマの大口径くらいの重量(600g級)はあるが、何事も完璧を求めてはいけない。

軽井沢にて

こうしてiPadとの新しくも奇妙な同居生活が始まった。奇妙というのは、そもそもこれまではこんなもの無くても問題なく生活できていたわけなので、どうしてもこのデバイスの役割というか立ち位置について毎日、常に考えなければならないという違和感である。 

それはあたかも秋雨が過ぎた後、マゼンタとイエローの落葉が無造作に散りばめられた軒先の石畳に突如現れた青年がコートのポケットから証明書のようなものを取り出し「私はあなたの息子です」という、洒落にならない展開(男なら一度は考えたことがあるだろう)、から始まる同居生活に似た奇怪さだろうか。

Fallen leaves

体の異変

3週間目に入った頃、やや体の違和感を感じ始めた。

仕事中でも常にダルさと眠気があり、首や肩も痛い。寒くなってきたし時期的なものかなと思っていたのだが、いつものように夕食を摂っていると妻がボソッと何かを呟いた。

「偶然かもしれないけど、あなた、iPadが届いてからずっと怠(だる)いって独り言のように言ってるわよ。おまけに寝苦しそうにしている」 

真実かどうかはわからないが、確かにそれは事実ではあった。

特に最近睡眠がよく取れていないことは認識していた。私は元々ロングスリーパーで、8時間の睡眠が必要なタイプである。iPadが届いてから特に夜更かしをしたわけではなく、就寝、起床時間は同じなのだが、いわば睡眠の質が低下している気がしたのである。

ひょっとしたらディスプレイに暴露されている時間が増えたためなのか?

それでここ2週間のiPadの使用について考えてみた。 思えば仕事中はパソコンのディスプレイを常に見続けている。時々休憩はするにしても、就労時間中の9割は大抵何かの電子ディスプレイを見つめている。もちろんこれは現在においては標準的なので特に異常とも思わないが、 問題は帰宅してからの利用時間だ。

私の生活は至ってシンプルで質素なので、帰宅してから夕食、たまにアマゾンプライムで映画、そして読書程度で、スマホやその他のディスプレイを見つめることはほとんど、特に歳をとるにつれて意識的に無くすようにしていた。若い時に比べやけに疲れるからだ。

ところがiPadが届いてからは興奮と嬉しさと、元を取るぞという気持ちで積極的に使っていた。夕食時も夕食後も、寝る前も、朝起きてからも、Apple Pencil片手につまらないものを書き連ねていた。

Magic Keyboardのトラックパッドも中々私をディスプレイから乖離させてくれなかった。指先で動くカーソルを意味もなくクルクル回してはブラウザを立ち上げ、意味もないサイトをボケッと見つめていた。

iPadが生活の一部になりかけていた

そんな行為が知らず知らずのうちに光線(ブルーライト)のオーバードーズになっていたのかもしれない。

元に戻した4週間目

4週目に入ったところでiPadの使用を全くやめてしまった。

それから2、3日すると疲れが抜けた。睡眠も依然と同じ程度回復した。夜寝る前のKindle読書も再開した。Kindleの画面は睡眠を全く妨げなかった。iPadの、ライカのズミクロンのような誠実でキレの良い迅速な反応に慣れた後では、Kindleのもっさりとした動きが目についたが、それがなんだかとても愛おしく思えてきた。

漢字の練習はキャンパスノートとゲルインクのボールペンで代替した。しかし代替したという表現もおかしい。元々はこれだったのだから。

ペン先を紙に当てる感覚がこんなに心地良いとは。インクが紙に滲む触感と色合い、文字はそれ自体がアートだと思う。そしてそれは紙とインクが融合した時にはじめて存在を顕にする。まるでフィルムを現像するかのように。

結局俺はクラシックな男なんだろうな。そんなことを思いながら再度iPadの使用について検討してみた。この先使うことがあるのかどうか。

「まだ若い学生時代なら良かったのに...」 答えは出た。 こうして1ヶ月にわたるiPad Pro11インチとの共同生活は終わりを告げた。

 

念の為、製品自体に問題はない。問題は私のライフスタイルと性格、そして年齢だ。正直、素晴らしい機器だと思う。適材適所すれば生活を一変する可能性を秘めたデバイス

少しでも一緒にいられたことに感謝。

 

ライカM3の鑑定結果について

11月8日放映のなんでも鑑定団で稲垣吾郎さん出品のライカM3ブラックモデルが査定された。

www.tv-tokyo.co.jp

鑑定士のコメント

M3のオリジナルブラックペイントに間違いない。ボディは1963年製、レンズはズミクロンF2の50mmで1961年製。M3は1966年まで約21万台制作され、ブラックモデルは1320台しかつくられていない。使うたびにペイントが剝げてきて、真鍮部分が出てきて味が出てくる。そこを焼物に例えて景色として楽しんでいる節もある。依頼品はシャッターもよく切れるしファインダーも綺麗で非常にコンディションが良い。

(結果はopen the priceボタンでみれるのでご興味のある方はどうぞご閲覧ください)

しかし、すごい金額、と一般の人は思うだろうが、少しでもこの業界を知っていれば「まあ、それはそうだな」と納得する、ところが感覚のマヒさを露呈している。

そもそも出品者が一般人ではない。さすがゴローちゃん、という感じだ。

思えば有名人のライカ保有率は異常に高い。福山さんとかムラジュンとか。資金に余裕のありそうな層がこぞって集めるカメラ。

イカM6新品も発売された。80万近い金額で夢を買う、か。

その前にフィルム供給、よろしくお願いします。

 

 

 

フィルム売り場が無くなっていた。

近所の家電量販店のカメラ関連売り場が改装され、見事にフィルム売り場が撤去されていた。それどころかカメラ売り場の規模そのものが縮小、休日だというのに客は少なく閑散としている。

カメラが売れない時代

今更始まった訳ではないが、身近で起こるとやはり寂しい。

いつも現像出しでお世話になっていた初老の店員さんを見つけ話を聞いてみた。そもそもフィルムの入手が困難で、さらに円安や物資減少の影響で価格が高騰。若い世代を中心にレトロブームが起きてはいたが供給を刺激するほどではなく、ここ2年くらいで環境は劇的に変化したらしい。まあ納得。

オンラインストアならまだ買えますよ!」と最後は営業スマイルを忘れない。この人もきっと寂しがってるんだろうな。

 

on entend vaguement...

私は70年代生まれだが、ライカなどのハイエンドは別として、どこの家庭でも1台はカメラがあり、普通にフィルム写真を撮っていた。 街にも現像からプリントまで引き受ける店舗がたくさんあり、クリーニング屋さんや酒屋さんが現像機を置いて副業が成り立つほど需要があった。

そもそも貯金の金利が4%前後の時代(今は0.001%)、市井の人々にとってフィルム撮影のコストなど気にもとめなかっただろう。ほんといい時代。

しかし元々カメラは富裕層の趣味。幕末の徳川慶喜をはじめとした華の貴族文化の象徴であった。

現在、デジカメは除き、フィルム撮影はその時代に戻りつつあるような気がする。

ワンショット300円。大義ある写真が撮れれば、と思う。

 

七工匠-7Artisansのススメ

七工匠(しちこうしょう)7Artisans、正式名称は深セン市七工匠光電科技会社、は、2016年3月に中国広東省深セン市にカメラ愛好家達のレンズ開発プロジェクトから始まった。高コスパ及び高品質の製品のおかげで、「七工匠」が人々に認められて有名になり、チームメンバーも7人から百人に増えた。(紹介サイトから改編抜粋 )

イカユーザーにはお馴染みの七工匠。当初は少々胡散臭いコピーレンズのような印象だったが、実際に使用したユーザーから、なんかいい感じのレンズ、という感想が多く聞かれ、雑誌などでも紹介されるようになった。欧米のアーティスティックなフォトグラファーからは高く評価されており(何より安い)、定期的にニューモデルがリリースされている。

特徴はとにかく明るいレンズが安価で購入できること。リーズナブルなMマウントレンズには有名なコシナがあるが、もうその比ではない。もちろん光学性能という点では話は変わってくる。収差はひどく、レンジファインダーではピントの精度も悪い。ネイチャーやアーキテクチャなどシリアスな写真には向いていない。

X-E4に35mm F1.2を装着していたが、やはり写りは決して優秀ではない。特に開放はISOを上げたくないためにやむを得ず、といった感じだが、しかしそれが独特の世界観、オールドテイストな存在感を与えてくれる。

個人の趣向もあるが、端的に言って良い雰囲気である。さすがにプロフェッショナルなモデル撮影での使用はできないが、知り合いの女性ポートレートなどでは、ナチュラルなアンシャープマスクのため大変喜ばれるだろう。

Just a memory

そもそも安価であることは価格以外のアドバンテージがある。

例えばF1.2のレンズが1万円台だとして、誰がその描写や質感に期待するだろうか。元々最低ランクの期待値からスタートしているので、標準並みに写ってくれるだけでも「凄い、良い!」となる。ゲインロス効果(マイナススタートの方が良い印象を与えやすい)のような事が起こっているのかもしれない。

まあとにかく私はこのメーカーを気に入っている。そして本番(ライカのレンズ)に入る前のお試しとして大変お勧めしたい。七工匠で好みの焦点距離F値を十分にシュミレートした後で、ぜひノクチを検討していただきたい。

cameranonaniwa.jp

 

ライカはアガるか

先日YouTubeを見ていると富士フィルムとライカを比較する動画がおすすめに表示された。

有名なカメラマンの動画のようで、両者使用経験がある身としてまあ何気なしに見ていたのだが、途中で猫が暴れたので途切れ途切れになってしまった。

内容(概要)としては予算の縛りがなければ本音では富士とライカのどちらを選ぶか、という感じだったと思う。

私個人で言えば、ライカを選ぶ。理由は複雑だが、やはりある種のアガる感覚を求めているのは否定できない。

40代も後半になってくると、平時でアガる(高揚感)ことは滅多にない。若い時はそんなことはなかった。理由もなく毎日ワクワクしていた。もちろん若いからといって楽しい事ばかりではなかったし、むしろ不安な事が多かったにも関わらず、今より遥かに高い鋭敏な感覚をもって世界と、自然界と繋がっていた。

それこそ明け方の新鮮な空気を吸うだけで、その日はハレとなった。

あの頃に戻りたいとは思わないが、ホルモン低下に伴い気力が失せてくる中年期のままずるずる過ごすのは私のライフスタイルに合わないため、何か少しでもアガるように努力をしている。

時間がわかればダイソーの腕時計で良い、ではなくて少し良いものを使う。着れればファストファッションで良いではなく、きちんとしたシャツを羽織ってみる、服飾品、車、カメラ、なんでもいい。ほんの少しだけアガるなら予算の許す範囲内で良いものを使う。

しかし極端なアガリを求めてはいけない。それこそ20代の頃のようなテンションを求めると、場合によっては取り返しのつかない事になる。40代の芸能人の麻薬使用率が高く、逮捕者が多いのは、職業柄仕方がないかもしれないが、極端なアガりを求めすぎた結果だろう。

以上、富士フィルムとライカのユーザーである私の考えである。誰から何を言われようが、ライカの方がアガるので、それを選ぶのは仕方がない。ちなみに私が最もアガったのはライカMP0.72ブラックとズミルックス35mmASPH、今でも写真をみるたびにあの時の高揚感が伝わってくる。

皆さんのアガりアイテムはなんですか。

Leica Milan (アガリの殿堂)

ところで、この動画は批判を浴びたようで、後日謝罪動画を上げていた。要は富士フィルムのカメラはプアマンズライカでしょ、と恐らく動画を上げたカメラマン本人も意図していなかったように湾曲拡大解釈されたようで(マスを対象としたパブリック動画にはよくある事)、自称富士フィルムの熱心なユーザーから「失礼だ」「見下している」云々、ここぞとばかりに正論を投げかけられる始末。

もっともこれら全てコミコミでエンターテイメントとして成り立っているのがYouTubeなので、動画を上げたカメラマンにとっては視聴者が増えることはマイナスにはならないし、批判コメントを投稿して親指の数が増えるにつれて承認欲求が満たされた視聴者がいい気分になり、地元の居酒屋で焼酎でもひっかけてくれれば日本経済に貢献するというものである。皆ハッピーで大変よろしい。

 

Fujifilm X-E4レビュー

決して熱心なユーザーではないし、最後に使ったカメラはx-pro2だが、富士フィルムの話題のモデル、今更のレビューにお付き合い下さい。

Theater

現在EOS RPと併用して使っているが、やはりコンパクトなのは大変良い。

EOS RPも35mmフルフレームとしては大変軽く小さいのだが、X-E4は更に、圧倒的に小さい。

端正なデザインのためグリップに不安があったが、こちらはすぐに非純正品を安く購入した。装着、強度ともに全く問題はなく、安定性がすこぶる増加した。大変良い品。

画質はどうか。私が感動したのはX-Trans CMOS 4の性能だ。これまでAPS-Cはセンサーサイズと引き換えに色調、ダイナミックレンジが(比べるのも馬鹿馬鹿しいが)、35mmフルフレーム(フルサイズ)に比べ劣る。これはどうしようもない事実で、極端な話、35mmフィルムと中判フィルムくらいの差がある。

X-E4

ところがX-Trans CMOS 4になって、個人的には全くもって及第点となった。どの写真を見ても「もう少し...」という感じがなくなった。大変素晴らしい。そのため外出時には積極的に持ち出すようになった。 ちなみにレンズは7artisan 35mm F1.2だが、噂通り素晴らしいレンズで最新のセンサーによってポテンシャルを最大限に引き上げているように感じる。開放ではEF50mm F1.2Lを彷彿させるぬるりとした画を楽しむことができる。

ブログ掲載の写真は全てこれで撮った。上野で撮ったいかにも上野的な写真を掲載する。

とまあ色々書いたが、何より嬉しいのは外出したい気分にさせてくれることだ。このカメラを持って撮影しに行こう、それは鬱蒼とした日常に間違いなく良い刺激を与えてくれるものだし、精神衛生上も何より必要なものだ。

外に出かけよう。街をぶらつきオープンテラスでアイスカフェオレを飲もう(もちろんビールも)。

海に山に出かけてもいい。温泉旅行も。そして写真を撮ろう。

良いことがあってもなくても、それは必ず良き想い出になるだろう。そして過去を振り返るたびに幸せな気持ちになる人生はどんなに素晴らしいだろう。

F1.2