360度評価と人間関係の複雑さ
久々の記事がこういうタイトルになってしまい、そのこと自体が自分の年齢を嫌でも感じさせるわけだが、先日、360度(さんろくまる)評価というものを受けた。
そこそこ規模の会社員の方はご存知かと思うが、人事考課の一環として部下から上司への評価を行うものである(360度なので同僚同士というのもあるがそれはやらなかった)。一応前提として、これは訓練プログラムの一種なので結果については人事評価に利用しないということが担保されている、おそらく。
私の勤務している会社は決して大きくはない。
そして往々にして大きな会社ではないほど、ボスを見習えと言わんばかりにこういったシステムを積極的に採用したがる。
しかし元々ハード面はおろか、特にソフト面の訓練を受けていない連中が見様見真似ですることだから結果は思ったとおりカオスだった。
社長はもとより、幹部連中へ、会社全体へ、あらかじめ用意された評価事項は限りなくゼロに近く、さらに罵詈雑言が匿名性をいいことにゲロのように吐き出されていた、という話を人伝に聞いた。中にはアンケートの余白に全く新しい評価をこしらえてそれに丁寧に○がしてあったとのことで、まさに討幕か一揆か、どうでもいいが全く暇な連中だ。
そして私への評価だが、平均してあまり良くない。
それどころかチームのメンバーのひとりが全ての項目で極端な低評価を付けていた。 もちろん匿名だし、結果も公には非公開であるが、私は古株なので幹部連中が結果を知らせてきたのだ。流石に誰とまでは言わないが、そこは察しがつくというもの、
『あー、あのやろうか』と私の心が呟く。
「こんなバカな評価つける奴はチームに置いとけないんですけど」と私が言う。
「まま、匿名だからそこは、ね、察してよ〇〇さん」と幹部 「そもそもこれ、本当にうちのメンバーが提出したものですか?」と私。
というのはこのアンケート、自分の所属する部署を○するだけなので誰でもナリスマせるわけだ。だから正直最初から統計的な価値はゼロ、システム自体が破綻している
「もちろん」と幹部、「なら、ちょっと原本見せてくださいよ」「いやあ、それはちょっと、特定されちゃうからね」と幹部、
「えーと、原本みただけで誰かが特定されるのなら、そもそも匿名性が担保されてないってことですよカンブ」
と少しキツめに言わせてもらったが、まあ開示は無理だった。どうせ人事評価には関係ないし、まあいいか。けどもしこれで賞与がミリでも減額されてたら徹底的に争うつもりだが、まま、そこは古株のしがらみ、なあなあにするしかない。
帰宅してこのことを妻に話すと妻は「あなたへの評価? そりゃ高いわけないでしょうが!」と熟年主婦ならでは軽口を叩く。
「ワガママヨ、あなた」とキッパリという。「自分以外のことなーんにも考えてないでしょ、はいチョコあげる」と80%カカオのチョコを貰った。
妻からもらったチョコを食べながら、YouTubeで柴咲コウのKOH+「最愛」MV with 福山ましゃを見ていると次第に心が落ち着いてきた。
そして改めて思ったのが、私自身について。
これまでの人生、他人からの評価には一切関心がなかった。そもそも評価は相手側の問題であって、私の問題ではないと考えていた。そのため、「なるほど、そういう指摘もあるんだー」くらいにしか思っていなかった。
もちろん例外はある。特に私自身が尊敬する人間からの評価、それは自己成長のため大切に利用してきたつもりだ。 そもそもこれまでの人生でなんらかの評価を完全にスルーして人間的に成長できるわけがない。特に私の年齢(氷河期)では叱咤暴言激励創痍治癒は当たり前の時代だったし。
そして同時に最近やけに頭の中でこだまするフレーズ、
リメンバー〇〇 (〇〇を忘れるな)
これは私が勝手に反面教師として敬うレジェンド芸能人達である。
先駆者は紳○さん、そして松○、山○、○居、国○、そして我らが福山さんまでもが、現代基準で言葉尻を捕まえて揚げ足取り寸前か、実際に突き落とされた。そして彼らは、平均的には私と同世代であり、もちろん好感を持っていた。
自分自身の価値観を現代基準にアップデートしないといけない、と思うことは多々ある。
特に新入職員への対応は、私の世代なら皆、大変苦労しているときく。例の、私に低評価を入れたのもまだ20代の社員である。
私たち氷河期世代が組織で生きづらく感じているのは、
『受けてきた教育の結果得られた成功体験を減弱フィルター無しには伝承できない』
ことにあるのではと私は考えている。
逆に言えば、私と同じかそれより上の世代に対してはこれまで通り、フィルターなしで接することができる。もちろんお互いに使用している定規のメモリが同じためだ。
皆、叱られて、怒鳴られて、意地悪されて、飯を奢られて、飲まされて、そして言葉を武器に、ここまで這い上がってきた。 しかしそれをもはや後世に伝えることはできない。経験上、10歳以上歳が若いと明確な乖離が起こる。
「それってハラスメントですよ」
は冗談ではなく日常的になりつつあるし、まさに答え合わせしている暇もなく上層部から注意を受ける(私はまだそのレベルではないが)
ちなみにその後、彼を行きつけの中華料理屋に誘って昼めしのチャーハンを奢ってやった。もちろん評価云々については一切伝えていない。態度も変えていない。これまでも飯に連れて行ってあげていたから急に止めるのも変だし。
口いっぱいに飯を頬張ってニコニコしながらチャーハンを食べる彼をみて、こいつ本当に何も考えてねーんだろーなーっと思った。 実際に何も考えてないんだろうな。 だからあんな評価を付けられるわけだ。
中華料理屋の店主の妻が店員と楽しそうに話しているのが聞こえた。
「ボケっとしてると〇〇さんみたいにナチャウヨ」
そうだね。
追記
前回この記事を書いてから1週間の間、グーグルをはじめとしてあらゆる検索サイトが、あくまで私だけへの、人事考課関連記事をおすすめしてきた。パーソナライズド広告の恐ろしさをあらためて実感した。
しかし私自身、もはや人事考課関連には興味がないので完全にスルーしながらもっと意味のあることへパーソナライズドを仕向けていたのだが、そんな折、ある記事が引っかかった。
概要を書くと、部下からの多面的評価によって上司が減給、部署異動された話である。
この記事の内容について、率直な意見を述べると、あり得ないに尽きる。 これは何かの冗談か、ネタか、とにかく何か記事にしないと小銭が入らないか、どれかであまりにも短略的すぎる。まさかこれを信じる普通の会社人間はいないと思うが。ちなみに著者に罪はない。だって仕事だもの。
事実として、結果は部署異動、減給というのは本当にあったのかもしれない。しかし原因が『部下からの多面的評価』だけということは絶対にあり得ない。絶対に。それは明らかに合理性を欠くし、記事に書いてあるような年収の下げ幅を考えると、このレベルの不利益変更は明らかな労働基準法違反となる。
多面的評価はあくまで主観的なもので、本人の業務上の能力とは必ずしも一致しない。評価がどうあれ、その人間が会社にとって必要なら、会社としての評価は変わらないだろうし、ましてや減給などということはしない。
もしもこのような処分が下されたのなら、おそらくその上司は他でいっぱい『やらかしていた』としか考えられない。それもかなり濃いことを。
そしてまずヒアリングによる事実確認、必要なら注意やアドバイス、研修への参加、などかなりの時間をかけてこの上司を改善させようと会社は努力したのだが『これが俺の指導なんですよ、何が悪いんすか?』と全く改善の余地がなかったことが明確にあったのだろう。会社として下した処分が社会通念上も合理性があると判断した結果だ。
残念ながらこの記事から得られることは何もなかった。しかし、何はともあれ、好かれていると思っていた部下たちの辛辣なコメントには胸を痛めただろう。その気持ちは嫌というほどわかる。
ある有名な企業の社長が言っていた言葉。「一番コントロールすることが難しいもの、それは人の気持だ」
そう。人の気持ちは絶対にわからない。
(ちなみに賞与は減ってました。しかしこれは業績の問題なので今回の件とは別です)







