Cure of GAS

Castle Rock Photography

写真やカメラにまつわる話を淡々としていきます。

SMC Takumar 55mm f1.8 分解そして清掃(カビ取り)

まさかレンズを分解することになるとは思わなかった。 
幸か不幸か、私はこれまでカビありレンズというものに当たったことがない。というのも、多少高くてもカビありという表記を避けてきたからだ。クモリはいい、チリも埃も、しかしカビ跡ならまだしも、現役のカビ?は厄介だ。特に湿度の高いこの時期、部屋置くだけでわざわざそうしたカビの繁殖する土壌を提供することにもなりかねない。他のレンズに感染るかもしれないし。

前回の記事でAsahi Pentax SPとTakumar135mmを千円で入手したことを書いた。

SPの巻き上げレバーはスカスカでミラーは爆音を鳴らして開閉するが、気軽に使えるので気に入っている。事情があって現在Mマウント機が1つも手元にないこともありマニュアルのフィルム機はSPのみであるため使わざるをえないという理由もある。

とにかく積極的にSPを使おう とした時に、どうしても135mmは大きすぎる。それで標準を探していたら55mmを見つけた。しかも上寿司ランチ(with 日本酒?)程度の値段である。開放f1.8。スペックとしてはちょうどSONY(ZONY)のSEL5518と同じだろうか。おまけに45cmまで寄れる。Mマウント純正ならこれはズミルックスと命名され、ヨーロッパ8日間の旅に出るかレンズを買うか2週間近く悩まなければならないだろう。

Pentax Asahi SP with Takumar 55mm

迷わず購入した。迷う必要は全くない。そして届いてから一応ライトで照らしてみると後ろ玉に菌糸が見えた。カビだ。ワゴンセールのジャンクレンズで見かける例のアレだ。しかもまだ若い?カビ。拭いても取れないので内部だと思われる。

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悩んだがとりあえずカビの写真を撮って販売元へメール。詳しいやりとりは避けるが、元の価格の6掛け程度でディール。返品も考えたが、ヘリコイド、絞りリング共に動作はほぼ完璧だったこと、そして久々に工作にチャレンジするのもいいかもと思い分解清掃を計画した。幸いなことにTakumarは作りが単純で初心者向きらしく、さらにWeb、YouTubeなどで検索すれば分解方法についてたくさん載っている。VIVA!! ネット社会。

値引きで購入できたとはいえ、あまりお金をかけたくないので道具は吸盤オープナーのみ購入。今回は後ろ玉のみの清掃とした。

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分解はスムーズに行えた。というよりもモノクロ自宅現像の時と同じで、実際にやってみれば大したことない、といった感じ。もちろんライカレンズを分解清掃する気にはならないけど。

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後ろ玉の内部にカビ。分解しないと絶対に取れない。

カビは無水エタノール、そして倉庫にあった野口商事の強力カビ取り剤を使用。菌糸は根が張るというが、確かにしつこい。シルボン紙で丁寧に削り落とす。

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完成。写真には埃などが付いているがこれも後ほど除去。ややカビ跡が残ったが生きてはいないだろう。もし生きていたら野口商事に報告しよう。

撮影、作例はまた後日。小学生の工作の時間を思い出して久々に楽しかった。

 

JAPAN HOBBY TOOL  吸盤オープナー レンズメンテナンス用工具 JHT9520

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ユ?エヌ レンズサッカー

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Hektor 135mm f4.5 (ヘクトール135mm)

イカのレンズは本当に面白いな、としみじみ感じた。
90mmで中望遠の耐性がついたためか、今度はライカの135mmを試してみたくなった。

It's long enough


もっとも135mmは前回500円で買ったTakumarのレンズで経験済みであり、90mmにはないさらなる圧縮効果に大変興奮を覚えた。Takumarも素晴らしいが、やはりMマウントで試してみたい。

色々調べるとライカの135mmは90mmよりさらに人気がなくそれゆえ中古相場はかなり低い。それどころか、ライカユーザーからすればほとんど値段とは呼べないだろう。まあとりあえず手頃なものを選んで購入した。

a7IIIにマウントを介して装着。想像通り、そのルックスは異様である。長い、重い。しかし妙にバランスがよく、重さをあまり感じない。正直なところ100gほど軽いtele-elmaritの方が重く感じる。いずれにせよ日常的に散歩に使えるレンズではないことは確かだ。とにかく数枚撮影してみる。

Hektor 135 f4.5

しみったれたオッサン(私)のポートレートで申し訳ないが、ハイライトからシャドーにかけて上品なトーンが観察され、そして合焦部はかなり解像度が高い。80年前のレンズだが、本当に素晴らしい。個人的にはモノクロ向きのレンズであると思う。

Hektor 135mm f4.5

開放f4.5は現在の基準では相当に暗いが、高感度機ならば手持ち夜間撮影も十分に可能だろう。また中望遠ならではのbokehも大変美しい。f4.5ではあまりぼけないように思われるが、光学的な計算では135mmのf4.5は50mmのf1.7、90mmのf2.8相当の被写界深度らしいので、十分に被写体を浮き上がらせることができるだろう。ぼちぼち楽しんでいきたい。

最後になるが、ちょうどスーパーマーズでもあり、試しにこのレンズで火星を撮影してみた。結果として天体撮影に135mmではやはりお話にならない。あとで調べてみると、惑星撮影は最低300mmの世界らしい。宇宙同様に趣味の世界は広い。

ギアはシンプルにすべし(遠征備忘録)

数日前に秩父宝登山に登った。登山といっても日帰りのできる軽いハイキングコースである。久々の遠征でもあるし新しいバッグ(Peak design20L)の使用感(こちらは後日投稿予定)もかねてカメラを4台を持参した。それぞれa7s+SEL85、GRII、Plaubel Makina67、Leica M3+summilux50mm, tele-elmarit90mmである。念のためミニ三脚も用意して、カバン自体の重さが1.4kgあるため、総重量は10kgを超えていたと思う。結果として反省点が多く、これを備忘録として記す。

To the mountain

当日は異様に蒸し暑かったため徒歩を諦めロープウェーに乗った。山頂に着いてから中判のMakina67で1ロール撮影↑。10枚しか撮れないためあっという間に終了。さらに1ロール消費して、その後Makina67は役目を終え1kgのダンベルと化す。

Hodosan (Mt.Hodo)

その後ライカを取り出して撮影↑。ISO100の低感度モノクロフィルムを装填していたので木陰ではSummiluxのf1.4が本領を発揮。木の合間から降り注ぐ幻想的な光のベールを捉えたいがためにシャッターを切っているとあっという間に1ロール終了。

Quercus

奥宮で休憩。スピリチュアルな神社だ。

Untitled

それから職場の同僚おすすめ?の動物園へ。暑さのためか全くやる気のない動物達を撮影。この時は85mmと90mmが大変役に立った。

Zoo

その後、昭和の香りの漂う展望台レストランでアイスクリームを食べて徒歩で下山。という流れである。

こうして書いてみると、マクロ視点ではごくごく普通のいわゆる写真を趣味にしている大人の休日散歩のようであるが、ミクロ視点では様々な葛藤とストレスがあった。まず機材選択の問題点があった。このシーンはどれで撮るべきか選択に迷い、最後にはカメラの出し入れが面倒になってしまったため、最大で3台のカメラをぶら下げて(+ポケットにはもちろんGRII)稜線に佇む異様な中年男性の姿が露呈した。


そして重量の問題。これはジワジワとやってきた。私はマディソン郡の橋に出ているイーストウッドのような2台のNikon Fにモータドライブをつけて世界中を旅している、スチールのような膝を持ったベテラン写真家ではない。ごく一般的なシティボーイ?である。正直暑さもプラスして後半はバテてしまい写真を撮る気もなくなってしまった。今回は1人だったが、家族が一緒なら尚更問題だったであろう。

Mt. Hodo (Plaubel Makin 67)

カメラが好きになればなるほどカメラは増え、レンズは増え、後悔したくないので旅にはその全てを持っていきたいと考えるようになる。そして家路につき、気がつけば写真を撮ったという満足度のみ残り、森の香り、木漏れ日、鳥のさえずりなど旅の思い出は僅かに感じるのみ。

最近思うのはやはり何事も完璧を求めてはいけないという事。レンズの数をクリアするためにズームレンズを使うと今度はレンズの明るさ(F値)が気になり始める。デジタルの利便性は捨てがたいがフィルムも使いたい。35mmではなく中判フォーマットで景色を撮りたい。など。おそらく決して満足することはないだろう。シンプルにすればするほど良いものが撮れる、というKen Rockwell氏の言葉、よく理解できる。(多数翻訳があるので検索してみて下さい)

 

ワンコインレンズ、ワンコインカメラ(Asahi Pentax SP, Takumar 135mm)

妻の買い出しに付き合わされて街に出かけたところ、行きつけのカメラ屋さんがワゴンセールを催していたので覗いてみる。文字通りワゴンの中に無造作に積み上げられたカメラ、レンズ群。もちろんどれもジャンク品でALL500円の値札が貼られている。その中でひときわ輝きを放つカメラを見つけた。アサヒペンタックス・スポットマチックだ。

Asahi Pentax & Takmar 135mm

1960年にフォトキナでその姿をお披露目してから4年後の1964年販売開始。TTLスポット測光ができるということからSPOTMATICと名付けられた。50mmF1.4のレンズ付きで、販売価格はおよそ5万円。大卒の初任給が1万〜2万だったので、今でいうと60万円くらい?だろうか。かなり高価なカメラであったに違いない。もっとも、この後高度経済成長でS字状に初任給が上がるため徐々に入手しやすくはなっただろうが。
ちなみにこの時代、ライカはM3とM2が現行販売されていた。M3は当時およそ23万円。現在の価格なら300万円?くらいだろうか。とても買えない。現在70代くらいの方々がライカの中古が10万で買えるこの時代を信じられないと思うのも無理はない。

ちなみに私は70年代の生まれなので上記はあくまで伝聞である。よって特にアサヒペンタックス・スポットマチック(SP)に思い入れがあるわけではないが、その妙な光沢に惹きつけられずにはいられなかった。

早速手にとってみる。頑丈で重い。動作チェックの基準はライカM3で勉強ずみだったので一通り触ってみる。シャッターは降り、幕も問題ない。スピードも、少なくともダイヤルに合わせて変化する。プリズムが汚れてはいるものの、おそらく拭けば取れるレベルだろう。しかし機械式シャッターは素晴らしい。構造が単純なためチェックも単純だ。とにかくシャッターボタンを押して、幕が開いて閉じれば問題ない。そしてこのカメラの存在意義であるTTLスポット測光だが、カメラには申し訳ないが、普段から露出は完全に感覚で行なっているので、露出計の動作には全く興味がない。よって無視した。これもM3で鍛えられたためである。

これはイケるかも。それに500円なら全く問題ない。動かないならオブジェにもなるだろう。
当然ながらカメラ本体のみだったので次にレンズを探す。ものすごく偶然にTakumarの135mmが無造作に置いてあった。ねじ込み式のスクリューマウント。レンズ内のチェックをしたが不思議なぐらい曇りなし、カビなし。抜けている。ヘリコイドも問題なし。SPにねじ込んでみると当然ながらピッタリハマった。レンズも500円。

結局合計1000円でお買い上げ。妻と合流し、ニコニコしながら紙包みを渡す。「重いッ何買ったのッ??」確かに重い。けど1000円ならいいよね。

後日露光漏れのチェックなどかねて廉価フィルムで撮影した。やはりカメラ本体には問題はなさそうだ。SSの速度が正しいかどうかは分からないが、多少ずれていても元々アバウトな露出なので問題ない。Takumar135mmのレンズは大変楽しませてもらった。当然オールドなので作例通り彩度とコントラストが低い。全体的に動作、撮影に問題はなさそうであるが、いかんせん重い。歩くたびに肩や手首にGを感じる。

Takmar 135mm

Takmar 135mm

話題作りもかねて結局自宅ではなく職場に置いておくことにした。それにしても物騒な世の中である。もしもの時はこの重く鈍器のようなカメラで応戦するつもりである。

Takmar 135mm

WHOとゲーム障害、カメラ脳

ずいぶん前になるが、サックスプレーヤーの菊地成孔さんがラジオでアドリブ脳について話しているのを聞いたことがある。同じくサックスプレーヤーであるエリックドルフィー氏のおでこの瘤(こぶ)を、素晴らしいアドリブの詰まった『アドリブ脳』だというわけだ。面白い。大脳、小脳、中脳、そしてアドリブ脳。
ナショナルジオグラフィックの記事<世界を変える「天才」たち>によると、ジャズプレイヤーがアドリブを奏でる時、

自己表現にかかわる脳の内側の神経回路網が活発に働く一方で、注意の集中や自己監視にかかわる外側の神経回路網の活動は弱まった」としている。

アドリブ脳もまんざらではなさそうだ。

New Strap

ではカメラ脳はどうだろうか。カメラ脳はカメラに関わる全ての物事に対して大きな反応性を示す神経細胞の集まりである。大きく2種類に分類され、1つ目は写真を撮ることに、もう1つはカメラ機材に大きな反応を示す。さらに後者はニューロンが増えればカーマニアが車のエンジン音を聞いただけで車種を言い当てるように、シャッター音でカメラの機種が分かるようになるという。


Robert Capa 、Walker Evans、Henri Cartier-Bressonなどの巨匠たちはきっと外からは見えない位置に、撮ることに優れたカメラ脳をしまっていたのだろう。私など体全体を見回してもそんなもの見つかりそうにない。

しかし後者のカメラ脳なら私にもある。機材を見ている時、そして実際に手に入れた時、使用した時の高揚感、気になるカメラ・レンズがあるとどうにも落ち着かずインターネットを開いては検索して、また閉じて、また検索している。きっとそんな時私のおでこにはエリック氏と同じようなコブがチラリと顔を覗かせているのかも知れない。今度妻に見てもらおうと思うが、機材の検索中はややまずい。悩みどころである。

WHO(世界保健機関)がゲーム障害(Gaming disorder)を疾患認定したとニュースで知った。ゲームに夢中で生活に支障が出ている状態が少なくとも12ヶ月続くとGaming disorderと診断されるらしい。国際疾病分類ICD-11に掲載されるので日本でもすぐに反映されるだろう。いずれにせよ症状だけみると、ゲームをカメラに置き換えてもそのまま通用するのでは。

...priority given to CAMERA over other activities to the extent that CAMERA takes precedence over other interests and daily activities,

他の物事や日常生活よりカメラを優先する状態(が12ヶ月続く)

私は少しこじらせた程度?だが、カメラ障害(Camera disorder)がICDに掲載されるのも時間の問題、かも知れない。

ライカと90mm (テレエルマリート 90mm fat)

イカ、というかレンジファインダーにおける中望遠〜望遠レンズの立ち位置は微妙だ。ファインダーが狭くなる上、一眼レフと異なりファインダー像は全く変化しないため、例えばbokehの程度がどうであるとか、結果のシュミレーションができない。
そしてこれはフィルムカメラ全般にいえることだが、手ブレの問題がある。そもそも望遠になればなるほどシャッタースピード>レンズの焦点距離の法則が重要になってくるのだが、ISO固定のフィルムでは限界がある。ISO400では例え大口径のレンズであっても黄昏時にss 1/15で撮影することなどざらであるし、たとえそれが90mmでもフィルムグレインがブレをややごまかしてくれるため案外上手く撮れているものであるが、基本は真っ黒写真になるよりまだマシ、という感じの撮影でないだろうか。

私が初めて買ったライカの90mmレンズは沈胴式エルマーである。f4ではあったが時代を感じさせないシャープさには何度も目を奪われた。しかし幸か不幸か90mmという画角が前述の不便さと合致してしまい結局手放してしまった。今思えば勿体無いことをしたものである。しかしやはりライカの望遠レンズの素晴らしさに惹きつけられ、現在はテレエルマリート 90mmの初期型、いわゆるfatタイプと呼ばれるものを使っている。そしてこれが大変面白く、気に入っている。

Tele-elmarit 90mm fat

レンズの話をするとtele-elmarit 90mmは開放f2.8であり、工芸品のようなローレットの美しい初期型、レンズ枚数を減らして全体的に軽量化(100gも!)を実現した2ndがある。いずれも大変コンパクトで、標準ズミルックスと同じ程度の大きさである。2ndはややコントラストを高めているようだが、重量と作り以外では両者差異は感じられない。開放はやや甘く、絞り込んでも盛大なレンズフレアが発生する。上手く使えば現代のレンズにはない表現が可能だろう。
購入時、初期型、2ndともに同じ価格で状態の良いものがあった。どちらかというと2ndはclinical(実用的)として海外でも人気があり、初期型はコレクターアイテムに近い扱いになっているようだが、やはりライカ黄金期のデザインと作りの良さに惹かれて初期型を購入した。どうせ出番の少ない90mm、使うときはビジュアル、感触共に最上の時間を共有したい。一杯のコーヒーを焙煎仕立ての豆からドリップするように。

Now and forever (Tokyo Shibuya)

90mmをしばらく使ってみて、適度な距離感と圧縮効果があり被写体がはっきりしている場合は50mmと同等かそれ以上の取り回しの良さを感じた。そして画角慣れというものがあるのならば、使い込んでいくうちに標準レンズと同じ感覚となるだろう。特にtele-elmaritのコンパクトなサイズはこれ1本で旅にでも出れそうである。

The person you wait for...(Tokyo station)

Flickr Explore Select

Wall

しかし、レンズが増えつつある今日この頃、one camera one lensの目標にはまだまだ届きそうにない。。

Tokyo

Summicron 35mm 6 elements(ズミクロン 6枚玉)

初夏の日差しがほのかに降り注ぐ日曜日の午後、東京散策に出かける。ちょうどフィルムを1ロール使い切ったところで老舗カメラ屋を覗いてみる。ショーケース内に所狭しと並んだレンズ群。その中にSummicron 35mmの6枚玉をみつけた。

ズミクロン35mmは初代の8枚玉がもっとも人気だろう。ライカ通の間では『何かが違う』描写をすると評判らしいが、中古市場でも流通量が少なく、また大変高額である。その次に人気なのが3世代にあたる7枚玉。ASPHに変わる直前のモデルで写りはかなり現代的であるが、軽く小さい。こちらも流通量は少ないが8枚玉ほどではなく、プライスも同様である。

そして2世代にあたる6枚玉。2世代目といのは映画やゲームで例えると2作目ということで、オールドからニューへの開発過程における実験的な立ち位置のものが多く、当たり外れが激しい。特に宿命的に初代と比較されるため、初代が高評価であればあるほど辛口のレビューがつきやすい。この6枚玉も例外ではなく、他の2つに比べると地味な存在である。しかし何事もそうだが時代の流れとともに当時酷評を受けたものが再評価されることはよくある。多分に漏れず6枚玉も時の洗礼を経て、現在ではそこそこプレミアムでコアなファン層がいる、といった感じである。

Summicron 35mm 6 elemnts

興味本心でさっそく試撮させてもらう。シリアルでは1960年代のようで、やはり画はオールドらしいなんともいえない淡いコントラスト。しかし合焦部は実用的にシャープで、中心から周辺にかけてややフレアのかかった球面レンズ特有の柔らかいBokehが包み込む。ディテールに目を向けると決して先鋭という訳ではないのだが、全体的にはよくまとまっており決して眠い絵ではない。
イカらしい、という言葉が似合うだろうか。現行レンズのような高解像度、シャープ、優秀なフレアコントロールと同じ土俵に上がることはできないが、レンズの優劣は光学上のスペックで決まるものではない。特に趣味の場合は尚更である。大切なのはそのレンズを使いたいか、使って写真を撮りたいか、というフィーリングである。この感性に関わる部分は人によって千差万別であるため正解はない。何れにしても、私はこのレンズをすっかり気に入ってしまった。

Yanaka (old town)

ちょうど手持ちのsummicorn 35mm asphや先日借りていたZeiss biogonの果てしなく優秀な絵に飽き飽きしていた頃だったので購入意欲というか冒険心に火がついてしまった。
交渉の末、手持ちのasphを下取り、残りは銀座でランチするくらいの支払いでディール。迷いはなかった。

店を出て近くの喫茶店で一息つく。そして古くも新しいズミクロンをカメラにマウントし、フィルムを入れ替えコーヒーの香りを後にして再び東京の街を歩く。たっぷりとした日差しが落ち着く頃、綺麗な夕陽がみられるに違いない。

Yanaka, Ueno Tokyo (Old town)

 

Yanaka (old town)

↓後日ポートラで撮影:ハイライトの柔らかな雰囲気が心地よい。

Early Summer

Early Summer

追記:その後、カナダから来ているという観光客の女性にスマホを渡され、写真を撮って欲しいと声をかけられた。数枚撮った後、ちょうどいい機会なので、このカメラクラシックカメラなんですよ、モノクロフィルムなんですよと話しながらポートレートを撮らしてもらえないかとお願いをしてみた。よく考えてみると私のLeica M4-Pはカナダ製、入手したてのズミクロン 6枚玉もカナダ製である。なんたる偶然かッ。ライツカナダの神様の成せるわざである。

2枚ほど撮影して、instagramを相互フォローして終了。その日のうちに現像して送信した。
彼女からの返信『Wow! I love it! Thank you!(ワォッ!気に入ったわ!ありがとう!)』『Thank you too, Have a safe journey!(どういたしまして、良い旅を!)』

Nezu shrine(Ueno, Tokyo)

Summicron 35mm 6elements | Flickr