今年もあと数日となった。
特に感傷に浸りたかったというわけでもないが、カメラとレンズをザックにつめて中部地方の風吹く砂浜を歩いた。
日の入りまで一時間弱といった感じで、風は強く冷たく黄昏時の闇を否応なく引き寄せていた。ジッパーを襟元まで上げたシームシールド加工されたミディアムウェイトコートの表面を砂風は諦めたように通り過ぎていく。 砂漠のような荒地には錆びた色の貝殻や丸く削られた石、そして何世紀も前からあるような乾いた大木がベンチのように置かれていた。 そのうちひとつに腰を下ろし、ひたすらに海を眺めた。
波は畔編みのニットのように広がり、縮まり、砂浜を濃い黄土色に染めていく。 こんな詩歌のような波が私の心にも押し寄せて、全てを洗いざらい無くしてもらえればどんなにスッキリするだろう。それに応えるかのようにすっぽりと被ったフードからは、貝殻を耳に当てたようなくぐもったサウンドが鳴り響いていた。
太陽の下縁が海と溶け合い始めた瞬間から白い季節は朱色に染まり、砂浜はサルファイエロー(硫黄色)に反射する。
そして薄明が訪れる。脇役だった雲は地平線に沿って赤銅色に塗られていく。
ふと後ろを見ると紫炎のグラデーションがかった空には月があった。なんの特徴もない小さな月だったが、この時はなぜか砂漠を旅する者達が願いを込めて祈り続けてきたオベリスクのように神聖なシンボルのように感じた。
レンズの冷たい鏡筒が、この世で最も自由な行いをしなさいと私に囁(ささや)いてきた。
全てのことを忘れても許されるコンマミリ秒の特別な時間が今ここにある。すっかり冷え切ったレザーグローブを外し右手でグリップを掴みファインダーを覗く。寒さでリチウム電池の減りは異常に早く、モニターのインフォメーションはまるでフィルムの最後のロールを表すかのようにレッドアラートが表示されている。
この瞬間だけは自由になれる、いつもそんな気がしていた。
24mmか35mm、いや、50mmか。絞りは、f5.6、私にとって最も贅沢で最も寛容なF値。 砂地をティンバーランドのデザートブーツで再び踏み固め、全ての電力を後幕シャッターへと注ぐ。 乾いたシャッター音は砂風と共に上空に消え去り、光の雫はレンズの光軸に沿って私の目に届く。
ひとつの時間を切り取った代償にかじかんだ手をポケットに入れながら北の方角へ、そして現実世界へと歩き始める。
背後では波の音が青い闇にそっと語りかけるように、希望の讃美歌のように美しく鳴り響いていた。
今年もお世話になりました。良いお年をお過ごしください。<2023年師走 書斎にて>